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性と性教育の相談Q&Aシリーズ

第二十九回 性教育は心と体の教育だと言いますが…

Q:性教育は心と体の教育だと言いますが、家庭の中で一番基本になる心と体の教育は具体的にはどんなことですか。赤ちゃんの頃からのこと教えてください。
A:たぶん、出発点は赤ちゃんを育てる人が赤ちゃんを大切に思って抱っこするところでしょうか。虐待といった範疇に遠いところで育てられることは重要だと思います。
 いまだに、躾と虐待の区別が難しいという方に出合いますが、躾は子どもの安全と成長のためにあるのですから、罵るとか殴るとか、心を傷つけるとかいったこととは無縁のものだと思います。従って子どもが怯えるほど怒鳴るとか、痛い思いをしたり、怪我をしたりする躾など存在しません。躾は言葉で施すものです。虐待は虐待する人の一方的な事情で始まるものです。
 また時々、「口で言って効かなければ、体で理解させる」と言って暴力や体罰を肯定する人もいますが、口で言って理解できないことが痛みで理解できるはずがありません。大方の場合、余計に混乱すると思いませんか。「いや、危険なことを教えないと、いのちに関わる。自動車が走っている道路に飛び出す子は、殴っても危険を教えてやらなければならない」と言う方もいます。
 確かに子どもは殴られて痛い思いをすると、一時は道路に飛び出さなくなるかもしれません。しかし、それは、危険を理解したから、飛び出さないのではなく、痛いのが嫌い、あるいは痛くされたくないから飛び出さないのですから、痛くする人殴った人がいなくなれば、また飛び出すかもしれません。躾は暴力ではできないのです。ことばで繰り返し、繰り返し施すのが躾です。
 体を清潔にすることに、子どもを育てる人が、手を貸すことの積み重ねも、体を肯定する教育の基礎でしょうね。具体的には発達に見合ったトイレットトレーニングや入浴時の体に対するタッチや声掛けでしょう。
 「いい足だねえ。足の裏も踵もきれいにしてようね。よし、背中も腕も肘もだよ」などと体の部位の名称をやり取りしながら 体の肯定感を子どもに伝えられたらいいですね。人の体はどこもかしこも大切です。大切なものには名前(名称)があります。
 この時、どうぞ「性器」についても「性器」という日本語を肯定感をもって伝えてください。「チンチン」や「オマタ」は赤ちゃん語ですから、学齢までには「性器」という正式名が伝えられたらいいですね。
「たいせつなところ」と性器のことを、ことさら伝えて、それを呼び名にしたがる人もいます。しかし不思議なことに「たいせつなところ」などと言いたがる人に限って、体に対する「たいせつ感」、つまり肯定感がそれほど高くないのが現実です。おたずねの基礎は「体の肯定感です」と申し上げたいと思います。
(安達 倭雅子)

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