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性教育関連論文

性教育のキーワードを検証し、新たな視点を

■ 時代のニーズと直面する危機
 日本の学校における性教育実践の歴史を振り返るために、数多く開催されてきたセミナーや講座のテーマを挙げてみましょう。セクシュアリティ、プライベートゾーン、ジェンダー、セクシュアル・ハラスメント、エイズ・PWA、セクシュアル・マイノリティ、同性愛、インターセックス、トランスジェンダー、性同一性障害、ドメスティク・バイオレンス、セクシュアル・アビューズ等々…。これらの外来語は、それまで私たちの国に存在しなかった性に関する新しい概念を教育の現場に知らしめるものでしたが、当時は目新しかった言葉も、今では広く認知されるようになりました。世紀末から新世紀に変わる歴史のターニングポイントには、ジェンダー・フリー、セクシュアル・ライツの理念と共に、社会も大きく変化する兆しをみせ、21世紀は「時代のニーズ」に応える性教育のさらなる発展が期待されました。
 しかし、迎えた新世紀、世界的な規模で、性の教育・健康・権利へのバックラッシュ(反動的攻撃)が起きています。9・11の同時多発テロ、報復、世界全体に広がる暴力を肯定する動きにより、時代は大きく揺り戻されようとしているのです。わたしたちの国でも、戦後教育をゆがみと決めつけ、憲法や教育基本法を改定し、時代をさかのぼろうとする「改革」論が台頭してきています。過去の歴史の中で、暴力を肯定する社会にあっては、当然のように弱者が差別され、女性や子ども、セクシュアル・マイノリティの人々の性の人権侵害が行われてきました。「科学・人権・自立・共生」の性教育を創造する私たちは、科学と共に前進するが故に、自立的であるが故に、多様なセクシュアリィの人権を尊重するが故に、マイノリティやあらゆる人種の人々との共生を望むが故に、時代の流れに抗おうとするものたちの攻撃の的になります。すでに一部メディアは、性教育に取り組む個人や学校、ジェンダー・フリーを進める団体などへの悪質な攻撃が始まっています。こうしたことにより、実践や研究が停滞してしまうこと、そして子どもたちの性の学習権が奪われてしまうことが危惧されます。さらに問題はそれだけにとどまらなず、性教育やジェンダー・フリーに対する攻撃が、支配のためのイデオロギーに利用されていく危険性があることも、警戒していかなくてはなりません。
 そこで、本稿は私見を含め、性教育攻撃のために、しばしば利用されるキーワードを検証し、危機を希望につなぎ攻勢していくための新たなキーワードを重ねて、提示してみることにしました。
■ 「性交」・「コンセンサス」
 メディアが性教育に注目したのは、学習指導要領の改定により、小学校の5年生の保健、理科の教科書に「月経・射精」と「生命の誕生」が登場した93年の前後のことでした。「性教育元年」と騒がれ、中でも「性交」をどう教えるかについて話題が集中しました。テレビキャスター、週刊誌や新聞社の記者たちが、にわか性教育評論家となり、性器や性交を扱う性教育についての私的見解が展開されました。しかし、性教育を受ける機会がなかったことをすぐに露呈するほど、品がなく、ポルノまがいの発言が目立ちました。あれから10年経った今でも、ポルノとセクソロジーを区別できないジャーナリストや評論家が目立ちます。男女共同参画社会に向けて取り組み始めた行政の担当職員自身が、ジェンダー・フリーやセクシュアリティの専門性に乏しいこともあり、無防備に攻撃されてしまうこともあるようです。できるなら、各地域の実践者で、地域の地方紙や放送局などの担当者や、ジャーナリスト、行政職員などに公開した、性教育のビギナー講座やセクシュアリティ入門講座などを企画したいものです。本誌企画編集の“人間と性”教育研究協議会でも、関連団体と連携し、メディアへの公開講座を開きました。その後の記事の扱いをみると、効果はあったようです。
 特定のイデオロギー、宗教団体に囲い込まれた議員、保守的な地域の実力者などが、「性交の授業は早すぎる」「小学生に性行動を奨励しているのか」「保護者の一部からの苦情がでている」といった常套手段で、学校教育に介入してくる事態も起きています。毅然とした態度で臨みたいものですが、狼狽える管理職もいることでしょう。窮地に立たされた時、応援してくれるのが、保護者や職場の仲間、そしてなによりも目の前の子どもたちです。「性交」の授業に際しては、特にコンセンサスを成立させておくことも、大切な性教育実践ではないでしょうか。
 「性交」についてのキーワードの検証は、小学校教諭の庄子晶子さんが、次のように提起してくれました。
 「性交を学ぶのに、早い遅いということがあるのでしょうか。遅過ぎることはあっても、早すぎることはないと思います。学ぶ目的は二つあり、ひとつは、自分は何者かということを理解すること。二つめは、性交の主体者としてよりよい自己決定をするために学ぶことです。すでに性交を体験する中学生もいるというので、学ぶ時期は小学校高学年が適切だと思います。自分が母親の胎内で育ち、産まれてくることは、小さな子どもでも理解できることです。命の発生と誕生という一連の流れを、科学的に伝えるのが性交の学習なのです」。
 現実に、中学校や高校の現場では、すでに「性交」を体験している生徒がいます。この期になると、性教育を早すぎるという外部からの攻撃は受けなくなりますが、難しくなるのは、生徒と教員との信頼関係です。生き方が刹那的であったり、積極的な性行動こそが自己実現の手段と思っている生徒たちに、相手との対等な関係性について考えさせる「性交」の授業は、日頃から彼らの悩みに共感し、共に考えることのできる教員であってこそ、成立するのでしょう。適切な助言も、生徒とのコンセンサスが基盤になるはずです。
■ 「からだ・健康」・「バーチャル・リアリティ」
 近年の健康ブームにより、子どもたちも、様々な「健康情報」を得ています。サプリメントや抗菌グッズを愛用し、「30キロになったら人生終わり」とダイエットにとりつかれている小学生もいます。幼児に、パーマ、脱色、茶髪、マニュキュア、化粧までさせて連れ歩いている親子づれも珍しくありません。中高生になるとすすんで始める喫煙、ピアス、飲酒。さらにエスカレートするドラッグ、タトゥー(入れ墨)、プチ整形など、体を蝕む行為に対する警戒心が欠落していきます。好きな相手のイニシャルを彫りインクを流し込んだ入れ墨を入れた女子中学生、性器にピアスを入れると女にもてるという情報を鵜呑みにし、試す男子高校生、親や異性に振り向いてもらいたいため、リストカットや摂食障害により命を落とす事例も増えています。
 おしゃれも、ダイエットも、それぞれの自己実現の方法であるはずですが、自己の基盤は自らの「からだ」です。幼い頃から子どもは、からだに向き合って生きています。「歯って大きくなるの?」「エッチなこと考えると心臓がドキドキするけど、からだに悪いの?」。沸々とわき上がってくる自身のからだへの疑問のひとつひとつに、周囲の大人がていねいに応えていくと、頭のてっぺんから爪先まで、からだのパーツを愛おしむことができ、丸ごと自分を好きになり、肯定できるようになるはずです。そして、体の中で最もプライベートな性器を学ぶことにより、自らの性のプライバシーや、他者の性的な人権を尊重できるのです。しかし、「からだ」の学習や「性教育」を大切にし、取り組んできた養護教諭たちは、学校でそうした時間がとれなくなってきていることに危機感を募らせています。
 新学習指導要領と学校五日制の実施後、様々な機関も、子ども達へのアンケートを行っています。「小学校の子どもの平日授業時間が増え、負担が増えている(ベネッセ教育総研)小学校四年生から中学校三年生までの8600人に調査したところ、心と体の様子について『何もやる気がしない』が69%、『横になって休みたい』が40%、その他『いらいらする』『大声を出したり暴れたい』と訴えている子どももいます(東京都教職員組合養護教員部)。保護者の意識調査でも『子どもが疲れて帰ってくる』などの回答が目立っています」(朝日新聞2月9日)。いずれの調査からも、ゆとり教育とは名ばかりの子どもたちの生活実態が読みとれます。
 凶悪犯罪を引き起こす若者達の心理分析は、専門家の間でも難しくなってきているようですが、その背景にゲームの「バーチャル・リアリティ」をあげる精神科医もいます。しかし、私は現代の子どもたちは、ハイスピードで進むゲームの場面展開以上に、忙しく過酷な日常に生きていると思うのです。次々に進められる授業、塾、習い事、毎年のように変わる評価基準、変容する高校・大学…。着いていけなければ落ちこぼれてしまい、闘い続けてボロボロになっても、自力でクリアーする能力がなければ、次の扉は開かれないのです。むしろ、ゲームの世界であったならば、「OFF」にすれば休むことができ、リセットすれば再スタートすることもできるのに。
 子どもたちに、自らのからだと、ゆっくりと向き合い、健康的に生きる権利を保障したいものです。
■ 「性犯罪」・「インターネット」
 インターネットの出会い系サイト絡みで、02年上半期(1〜6月)に容疑者が逮捕・書類送検された事件は767件と、前年同期の約2・6倍になっています(警視庁報告)。「うち400件は児童買春であり、出合い系で知り合った18未満の人に猥褻行為をはたらくなどして、青少年保護育成条約違反で容疑者が逮捕・送検されたケースは213件、児童買春と合わせて少女少年が性的被害者になる事件が全体の77%を占めている。全事件の被害者数は692人で、内訳は高校生343人。中学生175人。サイトに接続する手段としては携帯電話が年々増加している。同庁(略)はこれまで以上に、学校や地域などを通じて注意を呼びかけていく。」(朝日新聞8月22日夕刊)
 出合い系で知り合った男に、コンクリートブロックを括り付けられ海に投げ込まれた女子高生、手錠をかけられ高速道路で轢き殺された女子中学生の事件も、犯人と知り合うきっかけは、やはり出会い系サイトでした。こうした事件を報道するメディアは、その被害者の子どもが育った家庭環境、生育歴、学業成績などのプライバシーを暴露するばかりです。なぜ、子どもたちを狙った性犯罪が増加しているかといった発生の要因や、いかに事件を防ぐことができるかと言う予防や対策について言及することはまれなのです。
 保護者にしても教師にしても、携帯やインターネットをコミュニケーションの道具として自由に使いこなす子どもとは、その技術に格段の差があり、規制する術がありません。小型軽量化する一方の情報通信機器を、学校の校則で規制することも難しくなっています。今や小学生も持っている携帯やコンピューターを使った犯罪は、今後も増え続けることでしょう。
 電磁波と小児白血病の関連が濃厚であるという研究報告に対する文部科学省の評価は、子どもの健康よりも政府や企業に有利に働いています。身近な機器や事件のリスクを知らせきちんと使いこなすためのリテラシー教育は、子どもを守るために最優先すべき課題だと思います。
 また、セクシュアル・ハラスメントと言う言葉を得て「スクール・セクハラ」の実態もようやく明らかにされてきました。「学校は安全という神話」に囚われることなく、被害者の訴えを理解し、守る体制も整備して行かなくてはなりません。面接や進路などの指導でも、異性と個室での個別指導、部活動などでの顧問教師による体への接触は避けるべきで、今後は防止のためのマニュアル作りが求められはずです。学校は、外部からの侵入者に対して、無防備であることも多く制服やブルマー・水着の盗難、盗撮マニアの侵入、生徒名簿の流出なども頻繁に起きています。インターネットによる学校ホームページの公開も盛んですが、発育測定や水泳大会の計画、児童生徒の名前や写真の公表にも、最新の注意を払う必要があります。
■ 「性・ジェンダー」・「消費社会のターゲット」
 シックスポケット(両親、父方・母方の祖父母の6人のポケットマネー)のスポンサーを持つ子どもを、わが国の経済界はターゲットにし始めています。「12歳」の女の子に的を絞った化粧品やティーンズブランド店、エステサロンや美容院まで揃った渋谷のファッションビルは、休日になると全国から押し寄せる小中学生のグループや家族ずれで連日の盛況です。月に5・6万も洋服代に使う母子連れを取材し、「人気のモーニング娘やティーンズ雑誌のモデル達は、普通の女の子の延長線上にあります。親も安心して応援できる、それが今時のティーンズファッションなのです」(朝日新聞4月13日)といった記事もありましたが、不況の最中、子ども服にかけるには、あまりに高額過ぎるのではないでしょうか。こうした実態を、本当に「安心」していていいものという思いから、勤務校の生徒もよく行くという渋谷のティーンズブランド店を覗いてみました。Tシャツ一枚に1万円近くの値札がつき、一様にサイズは小さくスリムです。ショップで人気の「カリスマ店員」の話を聞くと、ふくよかな体型の少女たちも「流行の服が着られるまでダイエットする」と買っていくといいます。そうして洋服を手にした買い物帰りの道中には、鮮やかな看板の薬品量販店の店頭に、ダイエット食品や美容器具が並んでいます。
 街角では、エステの割引券を配る勧誘員が、誘いかけて来ます。「美形」「スリム」という条件がそろった少女には、モデルやタレントのスカウト、そして、「いくらでつき合ってくれるの」と、援助志願のおじさんからも声が掛かります。こうして、少女たちは、自分に「商品としての価値があること」を、自認してしまうのでしょう。商品価値を意識した少女は、すでに商品として完成しているアイドルやタレント達を、手っ取り早いロールモデルにします。日本の社会全体が成熟した女性を認めていない風潮を敏感に読みとり、身近な女性である母親や女性教師をモデルにはしたがらないのです。「なりたい」自分を探し求める思春期の彼女たちの需要と、売れ筋商品にありがちなスリム化、軽量化、画一化されたタレントたちを、モデルとして供給する側の関係性は、ますます切り離せなくなっていくことでしょう。今や、エステ業界は、ミニモニといった小中学生のアイドルをコマーシャルに登場させ、小学生にまで触手を伸ばす勢いで、供給先を拡大し続けています。街角で見かける少女たちの未成熟な骨盤や、骨格が透けて見えるほどの二の腕、そして増え続ける一方の「思春期痩せ症」など…。マスコミや業界が作り上げた、小さい・かわいい・華奢・細いといった「少女」のイメージが、少女たちの呪縛となり、「心と体の纏足」として、健康的な成長を阻んでいくものと思われます。
 また、最近では男の子に向けての攻略も巧妙で、中学生や高校生の見る雑誌には、男性エステと共に、大手整形外科医の広告が満載です。「一皮むけた男になろう」などの軽いキャッチコピーで「包茎」手術まで、商売になっているのです。
 性や思春期を扱う様々な相談窓口には、「こんな醜い体型じゃ、学校に行かれない」、「ブスだからいじめられる」「包茎では彼女ができない」と訴える女の子、男の子のために、エステ、整形手術、ダイエットにかかる大金を工面する親の悩みが寄せられています。全国で、13万8000人の不登校児童生徒、高校の中退学者10万4904人(01年度、文部科学省発表)、加えて「引きこもり」といわれる青年たちなど、「学校に行っていない子、社会と関われない子」の家庭には、俳優、アニメの声優、歌手、モデルなどの養成スクールや芸能プロダクションのパンフレットが届くといいます。なんとかして、わが子を社会に送り出してあげたい親心につけ込む商法は、今後ますます増えていくに違いありません。消費文化へのリテラシー、享受し利用する能力を高め、ターゲットにならない力をつけさせなくてはなりませんが、その力が欠けいるのは、子どもをよりも、大人の方ではないでしょうか。
■ 「性の学習権」・「性教育のネグレクト」
 近年、「子どもの虐待」に関する社会的な関心が高まりつつあり、定義や分類が始まっています。大人の都合により、子どもに必要な養育や教育を与えない放置怠慢は「ネグレクト」と呼ばれています。私たち教員が、性被害を防ぐための策について論議することをせずに、実際に被害を受けた子どもに対する初期対応やケアなどのサポート体制が確立されていなければ、放置、怠慢という「性被害におけるネグレクト」が起き得ます。そして、子ども自身に性の被害者にならないため、加害者にならないための「性の学習権」を与えない放置、怠慢は、「性教育のネグレクト」と呼べることでしょう。こうした定義を当てはめると、子どもたちに目につくような宅配新聞の写真誌や週刊誌の卑猥な見出し広告、通学車内におる裸のつり広告、ポルノや性差別が氾濫するテレビ番組、ポルノ雑誌を見えるところに陳列する書店や立ち読みを黙認するコンビニ、スクールセクハラを起こす教員や告発できない同僚、家庭内で性被害や性暴力が起きていることを感じながら放置している学校や地域住人、そして、「性教育」が苦手だから、難しいからと言って避けている教員は「ネグレクト」の加害者になることを自覚したいものです。(このキーワードについては、『季刊セクシュアリティ』uY1、拙稿参照)
■ 「純潔教育」・「ピア・エデュケーション」
 ニューズウイーク誌で「始まった純潔教育バトル」という特集が組まれました。「ブッシュ大統領は、98年に6000万ドルであった純潔教育の予算を1億3500万ドルに増やす方針だ。親なら誰もが、10代のわが子にセックスをして欲しくないと思うものだ。ただし、そのための指導法については意見が分かれる。SIECUSなどの『包括的な性教育』を指示するグループや多くの医療関係者は、純潔教育に加えて、セックスに伴うリスクを軽減する方法も伝えるべきだと主張する。親の大多数は包括的な性教育を指示しているが、政治的な熱意は純潔派が上回る」(日本語版、2003年1月29日)
 アメリカの情報教育協議会であるSIECUSは、純潔教育は年齢と共に高まる子どもたちの性的関心に対処する助けにはならないと考え、様々なデータを収集分析しながら性教育のプログラムを作成し、コンドーム等の器具を使って、具体的な予防策を教えようとしています。一方、純潔派は、恐ろしげなスライドで恐怖を植え付ける方法が主流だと言います。
 実際に、性教育に取り組んだことのある教員ならば、このバトルで、どちらが効果的な性教育なのか、すぐに答えが出せることでしょう。セクシュアリィに関する学習の機会がないままに教職に就いて、性教育に取り組めば、「脅す、遠ざける」という安易なスタイルしか思い浮かびません。性教育を試みたことのある教員が陥りやすい「純潔教育」は、妊娠・中絶・性病などの不幸な症状や事例で脅し、それでも性に近づく子どもを責め、中退学などの処分をしていました。その結果、いつしか、子どもたちは、教員を信用しなくなり、学校の性教育力を見限り、ポルノ、性暴力、性犯罪から、性を学習してしまうことになったのです。「今時の子どもは理解できない」と言い、子どもを突き放した大人と、子どもたちとの溝は深まるばかりとなりました。社会的に弱者である子どもと女の性を合わせ持つ「少女」は、二重の性的な弱者差別を受け、「援助交際」でも、攻撃の的にされてしまいました。また、純潔や結婚を強調しすぎて、性被害を受けた子、中絶経験のある子、離婚家庭の子、同性愛や多様なセクシュアリティの子を阻害することになったのです。
 包括的な性教育の考えを指示して下さる保護者が多いのも、わが子と向き合う中で、純潔を守るためには、テレビ、電話、インターネットなどの情報や友達との交流も経ち、閉じこめて隔離するしかなく、それは不可能であり、子どもに性の自己決定能力をつけるしかないという結論に達するからでしょう。
 しかし、ブッシュ政権にとって、純潔教育は保守派の有権者の共感を呼べるなど、政策のうえで魅力的なテーマであり、アメリカでのバトルは、ますます精力的に展開されることでしょう。私たち国にも飛び火し、すでに一部メディアは「アメリカは急進的な性教育を反省し、純潔教育に回帰している」という情報にすり替えて伝えています。私たちは、性教育により子ども達が「自分や相手や社会について考えることができ、性行動に慎重になる」と言う事実を実証的にも、データとしても提示していく方法を考えていく必要があると思います。また、性教育の効果を共感的に知らしめていくためには、性教育を学んだことのある子どもを増やし、彼ら自身によるピア・エデュ・ケーションという学習のスタイルも、提起していきたいものです。すでにエイズの予防啓発活動のピアエディケーションに取り組んでいる「川口子どもネットワーク」代表の倉田流成さん(中学3年生)は、次のようなメッセージを発信しています。
 「僕は昨日、原爆資料館に行きました。広島の歴史については色々と知っているつもりだったけど、実際に見学してみると想像以上のことが起きている現実として受け入れられないような感じでした。そんなことがあり、平和について考えることがとても大切だと思いました。広島の歴史、原爆について学ぶことも平和への立派な第一歩です。ですが今の社会はいろんな問題があります。エイズや同性愛、様々な病気への偏見、障害をもった人への社会的差別など、そんな人たちが楽しく安心して暮らせるような社会じゃないと本当の平和とは言わないと思います。そういうことを見つめられる広い視野と心を持って??平和.というとても大きいテーマのついてこれから学び、考え、行動をしていこうと思います。過去を忘れないことはとても大事なことで、それはそのまま未来を考えていくことなのだと思います」(「メッセージ・フロム広島」2002年8月)
■ 「避妊」・「ピル」
 日本には、純潔教育派とともに、「性教育は必要だが…」という「消極的な反対派」も存在しています。亀井郁夫内閣府大臣政務官のコメントが新聞に掲載されました(朝日新聞、8月31日)。厚生労働省管の財団法人「母子衛生研究会」が、中学生向けに作成し全国の教育委員会に配布した小冊子「ラブ&ボディB00K」を取り上げ、「都立高校生の性交体験者が男女とも40パーセント前後と高く、また、国の調査では20歳未満の妊娠中絶経験者は千人について12・1人の割合に達し、中高生の性教育の必要性は、言をまたない」と述べられていながら、「性行為を性的行為としてとらえすぎており、新たな生命を生み出す営みで、夫婦生活の大切な基本であることを説くことを忘れている」「中高生への正しい性教育は非常に重要な課題だ。しかし、基本的には性道徳の教育であることを十分認識して、取り組む必要があることを強調しておきたい」との持論に結びつけています。
 中高生の性行動の現状を数値で確認していながら、「夫婦生活の営み」に繋ぐセンスは、今時の子どもたちに通用しないことでしょう。少年少女のあこがれる芸能界もスポーツ界のスターも、国技の力士も「できちゃった結婚」が「フツー」になっています。結婚の意思も曖昧なまま、妊娠によりスタートする夫婦生活の増加は、道徳では性行為を抑制できないという実証です。道徳よりも、お互いが結婚の意思を確認しあい、時期を選んで出産するための避妊を教える方がより現実的なのです。性教育を重要な課題であると説きながら、科学的知識を教えることに疑問を投げかけ、性道徳に委ねてしまう旧態依然の理論展開は残念であり、学校現場で性教育を進めようとしている教員の熱意に水を浴びせるものです。
 高校教諭の楢原宏一さんは、「避妊」と言うキーワードを次のように検証してくれました。「避妊の話をすると必ず出てくる反対論に、次のように反論できると思います。性教育をしなくても、性の情報は確実に子どもに伝わりしかも正確ではない。生徒たちの性交体験率は上がっているが、これを強制的に禁止することはできない。コンドームやピルなどの、正確な情報を伝えると、むしろ性交に対して慎重になる。避妊というとコンドームと考える方が多いが、コンドームは失敗率が高い。これは正確な着装が難しいからである。また、コンドームは男性主導型の避妊方法であり、妊娠のリスクを負う女子が受け身である。女性が主体的にできる避妊として有効なのは、低用量ピルであるが、日本での普及率は低調である。原因として、副作用があげられるが、妊娠や中絶の副作用と比較するべきで、選択するのは本人である。勿論、ピルでは性感染症が予防できないが、ダブルメソッドの教育が必要である。若者には入手が困難であるが、産婦人科医との連携も課題となろう。1ヵ月3000円という金額は、性行動に積極的な若者にとって、コンドームより安く使いやすい場合もあることであろう。若年層には、月経困難症の治療のためにも有効である。ピル教育は「自立教育」を標榜する性教育にとって、大切な視点であり、前提として、教える側の科学的な知識が求められる」。
 「ラブ&ボディB00K」批判の焦点もピルでした。メディアや医学界もピルに反対する発言は、男性に多いと言います。中ピ連に対するアレルギー反応と言い、なにゆえに男性たちは、「ピルと女性」が結び付くことを警戒するのでしょうか。治療目的でないバイアグラの副作用の方が、深刻だと思うのですが。
■ 「男女共同参画社会」・「ジェンダー・フリー」
 時代が男女共同参画社会に向けて大きく前進し始めている中、「ジェンダー・フリー」への攻撃も始まっています。自治体の開催する集会にも、様々な嫌がらせが起きているそうです。山口県の宇部市では、男女平等参画基本法や、女性差別撤廃条約に全く反する条例を制定し、千葉県ではさらに後退した条例が制定されようとしています。「ジェンダー・フリー教育の害毒」と題し、「このままジェンダー・フリー教育が広まると、5年後、10年後には、青少年のこころの病が急増する恐れがある。愚かさを通り越して、子どもたちのこころの成長を阻害する犯罪と言うべきである」(産経新聞5月6日)といった極端な意見も、決して少数派とは言えません。反動的な動きは、今後ますます過激になっていくものと思われます。
 学校教育の中でも、混合名簿や男女の共学化を推進しようとすれば、否定的な意見も聞かれます。学校の管理職は圧倒的に男性であり、数少ない女性も政界で言えばマドンナ扱いで、「涙は女の武器」発言を擁護する女性議員と同じに、保守に廻ることが多いのです。学年主任、生徒指導、進路指導などのポストも圧倒的に男性がしめ、ライバルとして女性が進出してくれば自分の立場が揺らぐことになる男性たちが、本気でジェンダー・フリーに取り組むとは思えません。
 「男女平等」「子どもの性的人権」を保障していくために、様々な角度で学校現場を見てみると、性教育以前にも、改善しなければならない問題が山積みしています。中学校や高校には、男女別の更衣室がなかったり、非行防止の理由によりトイレのドアが外されていることがあります。小学校では、男女一緒の部屋で着替えさせたり、廊下を水着で歩かせることなどが、「子どもだから」という理由で、まかり通っています。行事や組織活動の中には旧態依然とした性別役割分業意識も根強く、PTA行事でのお茶だし、接待、弁当の係りは母親の役割、会長職は父親といった制度や習慣、女性職員や母親へのセクシュアル・ハラスメント、「父兄」「母子家庭」といった言葉など、一つ一つをチェックし、正していく必要があるでしょう。
 子どもが育つ環境を、性・ジェンダーの視点でみつめなおし、性教育以外の日常生活を通して「隠れたカリキュラム」として刷り込まれてしまう現状は、気がついた大人が、改善のための具体的な努力をしないと、「ジェンダーを再生産」してしまうことになるのです。
■ 「自己肯定」・「メディアリテラシー」
 夕食時にテレビをつけると、どのチャンネルも似たような番組構成です。借金・倒産・夜逃げなどの「ビンボー嘲笑」。不倫・離婚・家庭内暴力を告白したり、家族同士が罵倒しあう「プライバシー暴露」。顔や体型に自信がない「容姿コンプレックス」の悲惨な人生が整形手術やダイエットによって生まれ変わると言った「変身願望」。自己肯定できない大人が、泣きわめき身もだえする姿が画面に大きく映し出されます。それでも、ゲストのタレントたちからは、「結局、自分が招いた結果」と、自己責任を追及する発言が浴びせられています。バラエティー番組も同様に、容赦なく「デブ・チビ・ハゲ・ブス・おかま」と言った差別発言が飛び交い、笑いものにする嘲笑文化がはびこっています。
 日本の完全失業率は、5・4%となり、過去最悪となっています。単純に計算しても、40人学級のクラスではふたりの子どもの親が失業していることになるのです。長引く不況は深刻で、生活保護世帯は増え続け、リストラが引き金となる家庭崩壊もみられます。夜逃げと思われる突然の転出入や、「授業料が払えないから公立高校しか受けられない」と肩を落とす生徒、「学費が払えないから中退したい」と相談に来る卒業生の数は、確実に増えているのです。医療費が高くって病院に行かれない子や、電気もガスも止められていて風呂にも入れない子など、人として生きるための最低限の保障さえ受けられない環境では、人間としての尊厳も失われ、いじめにあっても反抗する力すら持てなくなっていくのです。
 私の学校にも、仕事を掛け持ちで働く一人親の母と、顔を合わせるのは一週間のうち一度だけという兄弟がいます。お風呂は故障し、洗濯もできずに臭いと言われることで傷つき、学校を休みがちです。小学生の弟妹も、歯磨きや着替えの習慣も身につけておらず、栄養失調と思われるほど痩せています。母親に会おうにも家庭には電話もなく、手紙を持たせても優しい兄弟は、母親を気遣って渡しません。外国籍の少女は、産まれたばかりの妹の育児のために学校を休みがちで、貧困により進学する希望も持てずにいます。昨今のテレビ番組作りは、遙か彼方の時の主導者が、「もっと貧しい人たちに比べれば自分たちの生活はまだマシ」と、「身分制度」を利用した時代とも重なります。意図して流されているのではないでしょうか。私たちは「痛み」を一番に受けのはまだまだ経済的に弱者である女性と、自己責任のない子どもたちであることを、確認しておきたいものです。本来は公平であるべきメディアに対し、抗議をしていく活動も広げていきたいものです。
■ 「子どものニーズ」・「憲法・教育基本法」
 教育課程審議会の三浦朱門前会長は、「できんものはできんままでけっこう。戦後50年、落ちこぼれの底辺をあげることに注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振り分ける」(斉藤貴男『機会不均等』文藝春秋)と言い切り、石原都知事は、中学校の障害児学校に「新しい歴史教科書を作る会」の教科書採択を進めるなど、教育基本法が掲げる教育の機会均等、義務教育の基本がないがしろにされてきています。教育基本復興計画では、法律の名のもとに上からの命令で、「教育改革」を進める法的根拠作りが進み、公教育が「生涯教育」「大学改革の推進」「家庭教育力の回復」と言った言葉のまやかしにより、すり替えられようとしています。「個性に応じた能力の伸長と称し、エリート教育を公教育の中心に据えようとする教育改革では、子ども達自身がこの国に生まれてよかったと思うはずがありません。子どもの権利条約こそが、国際的でグローバルな基準のはずです」。(発言・山田功)中教審がすすめようとしている教育基本法の見直し審議の基本問題部会で、文化人類学者の中根千枝東京大学名誉教授も、次のように発言しています。「(見直し案の中間報告では)『道徳教育の充実を掲げているが、内容をどう考えているのか』『道徳は難しく、時代や民族、集団によっても変わる』と指摘。さらに日本人としてのアイデンティティーについても『日本人らしさを考えるのは余分』国際化が進めば自然に出てくるもので、『愛せよと教育しても、愛するようにはならない』と諭すように語った」(週刊金曜日2・7)大変重みのある言葉です。
 政策と教育改革の動きは、いつの時代も連動しており、確かな時代認識力が求められるのです。父性の復帰論、三歳児神話の強調論の台頭してきている中、憲法や教育基本法の掲げる男女の尊重、協力、共学の精神と関連する性教育の果たすべき役割は、今後ますます重要になっていくことでしょう。「子どもの権利条約」や「女性差別撤廃条約」などの法を実効性のあるものにしていくことも、現実的な活動になります。今後は、専門的知識を持つ団体、研究者、市民運動等とのネットワークも大切になっていくことでしょう。
 新しい世紀のスタート地点に立った今、私たち教員は、「教育の主体が子どもである」という原点に立ち戻り、日常の実践からスタートした「子どものニーズ」に応える性教育を、学校から地域や社会に提起していきましょう。
※本稿は「子ども達のセクシュアルライツ」『生活指導』2002年11月号、「痛みの行方」・・“人間と性”教育研究協議会会報174号、「いま性教育が攻撃されている」アクティビィストの会会報2003年1月号の金子論文を修正し加筆したものです。
※引用文献 2002年12月「全国幹事会」「今なぜ教育基本法の改正か」講師山田功講演と資料より。2003年1月「理論と実践講座」研究局提案「性教育のキーワードを深める」研究局 提言より。
※参考文献 20周年記念誌 他文中明記
性教育のキーワードを検証し、新たな視点を
金子由美子
“人間と性”教育研究協議会研究局長

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