性教協声明
学校再開のもとで「新型コロナウイルス」感染拡大の防止およびすべての子どもたちが主体的に生活を回復し、性の学びを保障されるために
- ■学校再開のもとで「新型コロナウイルス」感染拡大の防止および
すべての子どもたちが主体的に生活を回復し、性の学びを保障されるために
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一般社団法人"人間と性"教育研究協議会幹事会
- 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大と政府のコロナ対策は、日本社会の現実を浮き彫りにすることになりました。
3月2日に全国一斉休校(小中学校と高校、特別支援学校)の要請が安倍首相から発せられました。この4か月あまりの状況をみると、医療・保健、教育、福祉、保育・学童保育、子育て支援機関などの専門職が子ども・人間の権利を保障し、この社会の骨格を形成していることが明確に見えてきたといえます。
緊急事態を宣言した国々において「多くの子どもたちが身体的、情緒的及び心理的に重大な影響を受けている」(国連・子どもの権利委員会:新型コロナ感染症(COVID-19)に関する声明、2020年4月8日)現実が、日本においても露になってきました。
全国の児童相談所で1月〜3月に対応した児童虐待の相談件数において昨年度の同月と比べて、1割〜2割の増加があることがわかっています。外出自粛と休校が虐待リスクを高めている関連も問われるところです。
こうした事態に対して、性教協として、性教育に関する内容だけでなく、子どもが生き生きと過ごせる学校をつくるために、教育政策と学校運営のあり方と子どもへのかかわりなどについて、何を改善していくことが求められているのかを本声明で公表するものです。
1. 全国一斉の休校要請と子どもの権利
専門家会議の意見も聞かず、文科大臣も知らぬまま、3月2日に「政治決断」として突然決定した学校一斉休校の要請でした。こうした判断の根幹に、子どもの発達と権利、子ども期の生活を見据えて決定がされたとはいえない現実がありました。
休校によって、子どもたちのかけがえのない日常生活が奪われた弊害はさまざまな形で浮き彫りになってきました。学力面の遅れのみならず、オンライン授業実施にともなって、ネット環境にない家庭やパソコンを持たない世帯(総務省の「平成30年通信利用動向調査」によると、大人2人以下と子ども(19歳以下)からなる世帯において、パソコンを保有していない割合が14.6%、インターネットを自宅で利用していない割合が3.5%)の子どもたちが取り残されている現状があります。オンライン授業が、すでに存在する教育の不平等と格差をさらに拡大・悪化させる可能性が現実のものとなっています。
学校という場は学力をつける協同の学びの場であるとともに、同年代の子ども同士が切磋琢磨する場でもあります。本来、学校は学ぶ楽しさを味わい、友だちと出会う場でもあります。「学校がなくてつまらない」「友だちと遊べないのはいやだ」という声を押し殺しながら、日々を過ごしてきた子どもたち。コロナ疲れのなかで、多くの子どもたちが不安とストレスを抱えながら、家庭生活を過ごしてきました。
そうした子どもの内面を見ようともせず、学習指導要領の内容を消化することを優先した教育行政がすすめられようとしている問題を指摘しなければなりません。
夏休みを短縮し、行事のカット、授業消化のみを主眼に置いた日常がすすめば、子どもたちが抱える不安とストレスは軽減されるどころか、より深刻化していく可能性があります。その点では、子どもたちの心身のケアを優先的に保障することが求められています。
2. 学校再開のもとで、子どもの声を誠実に聴きながら学校運営がすすめられることを大切に
フィンランドのサンナ・マリン首相がオンラインで子ども向けに新型コロナウイルス感染状況に関する会見を行い、子どもたちの質問にわかりやすく答えました。それは子どもの権利条約に掲げられた、子どもたちが社会で起きていることに関心を持ち知る権利、自らに関する決定に参加する権利、意見を表明する権利などを尊重し、子どもたちがその権利を行使する機会を国が率先して設けたのです。
学校再開を機に各学校において、すべての教職員が子どもたちの声にどれだけ誠実に耳を傾けていくことが求められています。例えば、学校生活上のルールを決める際も、子どもたちと一緒に考え、決めていくことで、時間を要したとしてもより効果的な納得と合意を得ることができます。コロナ危機のもとで、経済的に困難な家庭、虐待が起きている家庭は増加しています、そうした状況で暮らす子どもは、現状を口にすることはほとんどありません。子どものSOSをキャッチし「助けて」と言える学校環境をつくることで、公民の支援につなげていくことも学校に課せられた役割です。
さらに管理職はこれまでにもまして職員の声に耳を傾けることが求められています。学校現場は出された課題の処理、授業、消毒等々、どんどん負担過剰になっています。教職員一人ひとりのからだと心の健康を守ることは管理職のだいじな仕事です。子どもたちの安全、安心を確保するという共通の目標を達成するため、教職員集団がお互いの声に耳を傾けて、学校の再編成の道をともに見つけ出していくことが求められているのではないでしょうか。
3. 学習指導要領に拘束されるのではなく、集団的な議論を踏まえた柔軟な教育課程編成を
学習の遅れに対する不安が子どもたちや保護者からあがっている中で、「一日 7 時間授業」や、毎日の放課後補習、土曜授業、長期休業期間の短縮等、詰め込み授業や授業時数の機械的回復の動きも広がっています。
しかし、ただ授業時数をうめ合わせるだけでは、かえって子どもたちを追い詰めることになり、本当の意味での学びの保障にはなりません。
「とりもどす」のでなく、子どもたちの今の姿からはじめなければなりません。今大切なことは、子どもたちが安心して学校生活をおくることができるようにすることです。安定した生活リズムを保ち、適度な運動や休養、睡眠等を保障し免疫力を高め、子どもたちの負担が過重とならないことを最優先しなければなりません。また、休校中に人との接触が制限され仲間との関係性が断ち切られていた子どもたちにとって、子どもたちが主体的に関わる学校行事などのとりくみも重要です。
2013年の最高裁決定(七生養護学校「こころとからだの学習裁判」に対する)は、学習指導要領について、「教育を実践する者の広い裁量」を強調し、「各学校の児童・生徒の状態や経験に応じた教育現場の創意工夫に委ねる度合いが大きいと解することができる」と述べています。また、教育委員会の権限について「教員の創意工夫の余地を奪うような細目にまでわたる指示命令等を行うことまでは許されない」とも述べており、教育現場の自主性を広く認めています。
教育課程の編成は、一つひとつの学校から、子どもや学校の実態をふまえて自主的におこなうものです。 学習指導要領に拘束されるのでなく、各学校で、一人ひとりの教職員が専門性を生かし、子どもたちの成長・発達に必要な学びとは何かを考え、集団的な議論を踏まえた柔軟な教育課程づくりをすすめることが求められています。
4. 豊かな学びを保障するために、少人数学級での学習を
緊急事態宣言の解除にともなって学校が再開されますが、新型コロナウイルス感染前に戻すのではなく、持続可能な学びを保障するための条件整備が必要です。
新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、「物理的距離」の確保が求められていますが、これまでの40人学級では不可能です。手厚く柔軟な教育と感染症対策をすすめるためにも、20人以下などの少人数学級が実現できるような施策が必要です。
教職員定数の抜本的改革をおこない、少人数学級を実現すべきです。
また、特別支援学校の過大・過密を解消するために、特別支援学校の設置基準を策定すべきです。
政府が第2次補正予算案にもりこんだ教員加配は、わずか3100人、全国の小中学校10校につき1人しか増えない計算です。いま求められている規模にてらしてあまりに少なすぎます。小中高教員の数万人規模での増員と、養護教員をはじめ教職員・学習指導員などの十数万人の増員をはかる必要があります。
5. 予測不能で激変する社会に主体的にかかわっていく子どもたちの学びの課題
学校再開後はまさに包括的性教育の出番です。新型コロナウイルスの感染拡大で生じている危機をどう考え、感染防止のとりくみをしていくのかを、子どもたちとともに科学・人権・自立・共生の理念に基づいた、性の学びを保障することが学校教育の課題として求められています。
その際に、ユネスコ編『改訂版 国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(以下、『ガイダンス』)の翻訳が間もなく刊行されますので、これからの性教育の土台に据えてとりくみをすすめていくことを提案します。文部科学省、都道府県・市町村の教育委員会、学校現場においても、国際的スタンダードである『ガイダンス』を最大限活かして、コロナ危機に対応していくことが求められています。
恐怖を煽って、"コロナとの戦い"を強調するのではなく、科学的にウイルスの存在を理解することで、適切な予防と対応をする知識・態度・スキルを子どもたちにはぐくむ課題に挑戦していくことが求められています。
子どもたちの意見に耳を傾けながら、学校運営と教育のあり方、そして子どもの心のケアを教職員と保護者の協同のとりくみとしていくことが求められています。子どもたちの行動を管理するだけでなく、子どもたちが本来の意味で自主的主体的にコロナ危機に対応する力をはぐくむことを基本的なスタンスとしていきたいものです。
性教育や人権教育の課題を骨格にした「新型コロナウイルスの感染防止と社会的危機」を考える性教育を検討し実践をすすめていくことが必要です。
以下、『ガイダンス』に即して、いくつかのポイントあげておきます。
第1に、「自分と異なる価値観、信念、態度に寛容で、尊重することの重要性を認識する(態度)」(「2.価値観、人権、文化」の学習目標:12〜15歳)で「学習者ができるようになること」)などは、人権侵害と社会的排除の生まれやすい状況のなかで、こうした課題を意識した実践を考えたいものです。
第2に、「ジェンダー平等について議論し、ジェンダーに基づく差別や暴力に立ち向かうための方法を実際にやってみる(スキル)」(「3.ジェンダーの理解」の学習目標:9〜12歳)ことも、社会的排除問題に挑戦すべき課題となっています。
第3に、「衛生的で、清潔に過ごすための習慣を説明する(知識)」(「6.人間のからだと発達」の学習目標:9〜12歳)もこの時期に伝えたい内容です。新型コロナウイルスの感染の影響の科学的な理解と感染防止の具体的な方法を学ぶ実践が求められます。
第4として、「健康やウェルビーイング(幸福)のための個人のプランを立て、実行する(スキル)」(「8.性と生殖に関する健康」の学習目標:15〜18歳以上)などの課題を踏まえて、コロナウイルス感染症の防止への対応などの「個人のプラン」を立てることを実践的にすすめたいものです。
これからの性教育、人権教育の実践課題として、突発的な感染症の発生に対しても、コミュニティの暮らしのなかで、『ガイダンス』で提示されている課題に個人のレベルおよび集団のレベルでも主体的にかかわることのできる知識・態度・スキルを獲得していくことが必要になっています。
コロナ危機に直面している現在、すべての子どもたちにこの時代に必要な性の学びを保障していく実践と運動を創ることを通して、ともに生きている子ども・若者たちに、未来と希望を語っていきたいものです。
学校再開のもとで「新型コロナウイルス」感染拡大の防止およびすべての子どもたちが主体的に生活を回復し、性の学びを保障されるために(声明PDF版)
以上
2020年7月1日